“ココロのバリアフリー“ 車いすの方でも気軽に入れるお店が検索できるポータルサイト開始プロジェクト !

社会貢献したい

“ココロのバリアフリー“ 車いすの方でも気軽に入れるお店が検索できるポータルサイト開始プロジェクト !

このチャレンジについて

「ココロのバリアフリー計画」とは?

1段2段の段差があっても、ココロのバリアフリーがあれば、バリアフリーを超える素敵なお店・場所になります!



4年前、事故で脊髄損傷になり、車椅子生活に。最初は、お洒落な店や、今まで行っていた店にもう行けない、引きこもりたいと思っていたけれど、

『行けない店なんてありません!段差、階段があったら自分が担ぎます!』
『壁があったら俺が壊します!!』

と言ってくれた素敵なトレナーに出会い、考え方が180度変わってプラスに生きられるようになりました。
車椅子で生活していると一段の段差でも『バリアフリーにはできていないお店です』と断られることがよくあります。しかし、ココロの優しさが少しあれば、段差なんて関係なくバリアフリーになることもあります。
けれど、ほとんどの人は車椅子の方と接したことがなく分からないのです。接したことがないから当然だと思います。こちら側も伝えること、お願いすることが必要だと思いました。
そのことを気づかせてくれる人やお店に出逢い、”ココロのバリアフリー”を応援してくれるお店を増やそうと、会社を設立し、「ココロのバリアフリー計画」をスタートさせました。
車椅子で生活していると、まだまだ行けないところ、入れないところ、断られるお店・・・たくさんあります。
狭い日本のすべてのお店をバリアフリーにすることは無理です。そこで少しでも障碍者の人が外にでやすい環境になるよう「ココロのバリアフリー」を世に広めて行きたいと思っております。
1 段2 段の段差があっても周りの少しのココロがあればバリアフリーを超える素敵な店・場所になると思います。

パリ在住のココロのバリアフリー応援団と共に撮影(串カツ田中 世田谷店にて)



「ココロのバリアフリー」を世界にも


この「ココロのバリアフリー」は日本にとどまらず、できることなら海外へも広めて行きたいと考えております。アメリカは比較的バリアフリーが進んだ社会となっておりますが、日本の近所であるアジア諸国では、まだまだ旅行者にとっても不便なことも多いのも事実です。
「ココロのバリアフリー」応援店が海外にも少しずつ広まり、応援店が掲載された海外旅行用ガイドブックができれば、車椅子の方でも海外旅行をエンジョイできるような社会になるのではと考えております。

「ココロのバリアフリー計画」応援店とは?


シンボルマークのステッカーを載せるココロのバリアフリー応援店ステッカーはココロのバリアフリーでもてなしてくれるお店・場所のシンボルマークです。

(ココロのバリアフリー シンボルマーク)


このマークが貼ってあるお店はスタッフがココロを込めて接客し、「何かお手伝いすることはありませんか?」
と声をかけ出来る限りのお手伝いをさせていただくという、ココロの意思表示です。


「ココロのバリアフリー計画」ポータルサイトとは?


今の私の最大の目標は、ココロのバリアフリー応援店を1店舗でも増やし、車いすの方や障害を持った方、ベビーカー、お年寄りにいたるまで、出かけやすい社会の実現の為に誰もが簡単に検索できる、応援店のバリア情報を紹介する為のポータルサイトを立ち上げることです。
このポータルサイトの仕組みは以下のようになっております。



このポータルサイトの運営開始にともない、COUNTDOWNで皆様にお知らせをすることにいたしました。


「ココロのバリアフリー」応援店からのコメント

東京都内16店舗(2012年9月現在)の「串カツ田中」を経営する貫 社長からコメントをいただきました。



そういえば初めて車いすに触ったのかもしれない
串カツ田中 世田谷店で働いていた私はバリアとかバリアフリーという概念は全くありませんでした。別に拒否しているわけでも席数を減らしたくなくトイレを小さくしているわけでもなく私自身の生活には車いすというものが存在すらしていませんでした。

ある日の営業中一人の男性がお店に現れました。この男性が旦那様の池田克明さんでした。

池田さん 「店長、このお店は車いすいける?」
私    「もちろん」「でも段差あるよ。行けるかな?」
池田さん 「押して入ります。でも通路が狭いですね」
私    「それはお客様に立ってもらいますから」
池田さん 「じゃあすぐ呼んできます」

すぐに遠くから車いすに乗った女性が現れました。娘さんと一緒でした。
その車いすの女性が池田君江さんです。
今までの車いすの方の想像と違いその女性は非常に明るくニコニコしていました。
「串カツ楽しみだねー」そこは普通の家族の光景です。違うのは車いすだけでした。

入口は3段くらいの段差があり客席はギュウギュウの酒場です。
まずお客様に立っていただき通路を作りました。
「ではお手伝いします」と私が言うも旦那さん一人でいとも簡単に段差を乗り越えていきました。なるほど操作方法はこうすんだと初めて学んだ瞬間でした。
この日から私の頭の中に障碍を持った人の存在が初めて生まれ
初めて共存への方法を考えるようになりました。
別に避けていたわけでは無かった。只々存在がなかっただけだったのです。

その日をきっかけに、ちょくちょくご来店頂きました。
お店のスタッフも仲良くなり何時しか一人でもご来店頂けるようになりました。
それは当社のスタッフも車いすの操作を学んでいたので安心して来られる環境があったからです。
それからはいろいろ学びがありました。

車いすはオーダーで作っているので人によってサイズが違うとか
車いすでも歩ける人もいれば手までも使えない人もいるとか
トイレも自分で行ける人もいれば行けない人もいる
少しの段差で断られていろいろ制限が多いこと
それで本当に学んだことは「考え方によってはどうにでも成るな」ということでした。
要は一人で来られる人はある程度のことができるし。お手伝いで済む。
トイレも困難な人は絶対に一人で来ないからこちらもお手伝いで済む。
要するにお手伝いでご来店頂ける環境が作れるということ。

断る事じゃなく、やれる方法はいくらでもあること
お手伝いすることが普通なこと
どうしてほしいか聞けばいいこと
みんな暗くは、ないってこと

それから当社のアルバイトでもお手伝いができるようになった事により、おそらく大学卒業して社会人になった今でも社会に役立つ人間に育っていると思います。
なにより大きく変わったと思うのは私自身です。
駅で盲目の人を見かけたら声をかけ複雑な乗り換えをお手伝いしたり。
バスの車いすでの乗り降りを手伝ったり。
震災の時には可能な分ですが寄付ができるようになりました。

たまには冷たくされる時もありますが、だから声を掛けるのを止めようとは思わないし。
普通の事として出来ます。
良い事をした時の気持ちも子供の頃に褒められた時と同じ気持ちになり自分自身にとっても良い人生が送れるようになったと思っています。
今現在は完全バリアフリーのお店も作ったりしていますが費用や構造上の問題で無理な時もあります。
無理をしてやろうとも思っていません。出来るだけいいと思っています。
後はスタッフの気持ちでどうにでもなるからです。

串カツ田中はココロのバリアフリーを応援するとともにスタッフの人間教育にも積極的に取り組んでいます。

株式会社ノート
代表取締役 貫 啓二




ココロのバリアフリー計画 応援団長 小川菜摘さんと一緒に撮影



左画像 ココロのバリアフリー応援店横浜ビールのギフトセット
日本最大級のクラフトビアコンテスト、ジャパン・アジア・ビアカップ2012において金賞を受賞した「ヴァイツェン」(左)、銀賞を受賞した「横浜ラガー」(中央)、銅賞を受賞した「ピルスナー」(右)

右画像 2012年7月31日朝日新聞に掲載


横浜ビール太田社長と直営店 驛(うまや)の食卓スタッフの皆様