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ジプシー音楽の魅力を世界に発信するプロジェクト!ジプシーヴァイオリニスト古館由佳子のハリウッドデビューチャレンジ!

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ジプシー音楽の魅力を世界に発信するプロジェクト!ジプシーヴァイオリニスト古館由佳子のハリウッドデビューチャレンジ!

このチャレンジについて

日本人でありながら本格的ハンガリアン・ジプシーヴァイオリンの第一人者、古館由佳子が、更なる目標、ハンガリアンジプシー音楽の未来を拓くことを最終目標としながら、その第一歩として、ハリウッドで開催される「ワールド・チャンピョンシップ・オブ・パフォーミング・アーツ(WCOPA)」に日本代表として出場します。故郷である岩手県宮古市の復興にも貢献しつつ、タレント・オリンピックと呼ばれる世界的にも歴史のあるこの選手権出場で、金メダル獲得はもちろんのこと、ジプシー音楽の新しい魅力と大きな可能性を獲得することにチャレンジします!



ジプシー音楽早わかり

ジプシーヴァイオリンってなに?


「ジプシーヴァイオリン」という音楽ジャンルは現代の日本人にはあまり馴染みがないかもしれません。主にジプシー(正式名はロマ)の人々が奏でるヴァイオリンの演奏スタイルをジプシーヴァイオリンと総称します。フランスのジプシージャズを奏でるヴァイオリン奏者、ハンガリアンスタイルのヴァイオリン奏法やレパートリーがそれに当たります。
ほんの20年位前までは、日本でもレストランやビヤホール等で、ハンガリーやルーマニアからの演奏家が、長期的に又は一時的にコンサートで来日していた時代がありました。

ジプシー音楽という世界的にも稀な音楽遺産


ジプシー音楽には世界的にも稀な5つの特徴があります。
① 中世以前から、生BGM音楽を奏でて来た。

② 名だたるクラシック音楽の作曲家も唸らせ、思わず自分も真似して曲を書きたくなるほどの音楽性。

③ ジプシー音楽家でしか表現出来ない独特のフレーズやテンポ感。(☆実際に生演奏を聴いていると、異空間に漂うような、また、時空間がよい意味で歪められる不思議な感覚になる瞬間があります。)

④ 現代でも古さを感じさせない魅力。

⑤ 人のこころを揺さぶる魂の音楽。


ハンガリーのジプシー音楽について


ハンガリーのジプシー音楽の現状について、少しご紹介したいと思います。
ハンガリーのジプシー音楽というのは、ブダペストのレストランなどで聴くと単なる生BGMのバンドのように最近は思われていますが、観光客のために演奏される音楽の裏には、古くはモーツァルトなどのクラシック音楽家に影響をあたえたほどの素晴らしい伝統的な音楽技巧があります。

古くは中世からになりますが、ハンガリージプシー音楽のルーツは、当時の王様がツィンカ・パンナという女性に、王宮のための音楽を演奏するようにと命じたのが始まりと言われています。

時代を降りてくると、貴族に雇われて音楽を奏でたり、または、兵隊募集のための音楽を奏でたり、ハンガリー民謡をジプシー風アレンジを加えて冠婚葬祭の音楽を奏でたり、特に、1800年代からだんだんとヨーロッパ全体にその音楽が知られるようになり、各地の現在有名なクラシック作曲家に大きな影響を与えました。

そして、1970年代頃のジプシーバンドは黄金期と呼ばれる時代、素晴らしい巨匠が活躍した時代です。
ジプシー芸術学校を設立した一人であるファルカーシュ・ジュラはそれまでも聴衆に好まれるように発展してきたハンガリージプシースタイルの演奏が更に現代の聴衆に合うようにクラシック曲をジプシー音楽にアレンジし、その音楽をジプシーの子供たちが演奏するライコーオーケストラという楽団を編成して、ヨーロッパやアメリカに何ヵ月もツアーコンサートをするという、目覚ましいジプシー音楽の発展期がありました。

ところが残念なことに、ハンガリーでは、かなり前にテレビ曲が製作したものの他にはハンガリージプシー音楽の記録映画のようなものはほとんど作られていません。その時代にどんな演奏家がどんな演奏をしていたかを記録した映像なども、個人的に録音、録画したものがYouTubeでばらばらに公開されているにすぎません。 しかしながらジプシー音楽家は、ハンガリーに住むロマ民族の中でも、特にハンガリーの文化に大きな貢献をしています。2014年3月には、ライコーオーケストラの卒業生から編成されている、「100人のジプシーオーケストラ」という大編成のジプシーオーケストラが、ハンガリーの特産品として国から認定されました。しかし、この喜ばしいニュースも、すべてのジプシー音楽家の福音になっているとは言い難いところがあります。

ジプシー音楽史上、最大の危機を迎えたハンガリー


現在のハンガリーは、社会主義が崩壊して、民主化の途中にあります。ハンガリー人の為の音楽として長い間に発展してきた、ハンガリージプシー音楽文化は時代の流れにより、急速に絶えつつあります。

最近の世界的経済の停滞や、自国の伝統的な文化を古臭いものとして考えるという風潮、また、ジプシーという民族が被差別民族であるということなど、様々な要因が重なり、レストランやホテルでの演奏の場がまったく無くなってしまったのです。特に、音楽家の主な仕事先であった高級レストランが多数閉店、新しいレストランには生演奏が不要、という事態が起こり、ハンガリーブダペストのジプシー演奏家たちの殆どは、素晴らしい演奏技術や音楽性を持ちながら、演奏の機会を失い、また収入源を失っています。
ハンガリーに限らず世界的に生演奏の場が無くなっているので、今現在、世界中から職を失った音楽家がハンガリーへ戻って来て無職の音楽家が溢れているという、ジプシー音楽の歴史上、最大の危機を迎えています。

ジプシー演奏家は、ほとんど楽譜を使いません。これには理由があります。
ハンガリアンスタイルのジプシー音楽の微妙な演奏技法や、テンポやリズムの変化が、現在あるクラシック音楽の記譜法は、彼らの音楽には大雑把過ぎるので、書き残すことが困難なのです。
ジプシー音楽家は日本の歌舞伎のように世襲制で、音楽家の子孫は代々音楽を生業とする伝統がありました。楽譜に頼らず一種の口伝で受け継がれてきた音楽の難しいところでもあり、醍醐味なのですが、このような無形文化財の音楽は、後継者に受け継がれない限り永遠に失われてしまいます。
そして今、子供たちを音楽家にしないという風潮になってきています。
これが一番の危機なのです。


なぜ日本人なのにハンガリーのジプシー音楽なの?

ジプシーヴァイオリンとの出会い


桐朋学園を卒業してから、しばらくオーケストラの演奏をする傍ら、都内のレストランやビヤホール等で演奏していました。
楽譜に書いてある通りの演奏をしなければいけないオーケストラの演奏よりも、お客様のすぐそばで生き生きとした自由な感性でヴァイオリンの音を聴かせる、というレストランでの演奏スタイルに元々魅力を感じていました。
実は自分のヴァイオリンの音色は線が太く、どちらかというと演歌系・ドスコイ系(笑)。今振り返ると、オーケストラの中で弾くには向いていなかったので、ちょっと疲れていたのかもしれません。

そんなある日、リハーサルをしていたホールのロビーで何気なくチラシを見ていたら、中年のおっちゃん達が二カッと笑って写っている真っ赤なチラシ(その中の一人が、「100人のジプシーオーケストラ」の創始者、ラースロー・ベルキ氏)が目に飛び込んできたんです。
ジプシー音楽もジプシーヴァイオリンも全く知らなかったのですが、そのコンサートにとても興味がわいたので、ともかく聴いてみなくっちゃ!と思い、行ってみたら目からウロコが5枚くらい落ちるくらいの衝撃を受けました。

曲の途中でジャンプ!すごいテンポの早い曲を引きながらステージの右から左まで歩き回る!そのパワーにあこがれて、コンサート会場でCDを買って2年間、毎晩のように聴いていたんです。
同じ頃、あるギタリストと路上演奏も始めたのですが、何かひきつけるものがないとお客さんはサーッといなくなっちゃうのです。そこでジプシー風のアレンジでやってみようと思って、彼らの曲を弾き始めたのですが、聴いて弾くだけではどうもわからない部分があって、思い切ってハンガリーに行くことにしたのです。


ハンガリーでの修行時代


ハンガリー語の本を片手に「100人のジプシーオーケストラ」のソロ・チェリスト、ヴァイダ・パルナパーシュ氏のもとで4ヶ月ほど毎日10時間以上の猛練習。けっこう怒られていたんでしょうけど、言葉がわからないのでへこたれませんでした(笑)。その後毎年訪れて練習に励みました。

もう一人の師匠、ラヨシュ・ボロシュ氏は、ハンガリー全ジプシー音楽家から尊敬されている人物で、いまだに彼を超える音楽性とテクニックを併せ持った完璧なジプシーヴァイオリニストはいないと言われている、カリスマ的存在です。なんとそのボロッシュ先生の音色に私のヴァイオリンの音色が酷似していたのです。レッスンを受けた録音を聴くと、どちらが弾いているのか自分でも分からない。これには誰もが驚きました。ボロシュ先生には弟子があまりいないので、日本人の私をかわいがって頂いていることは、本当に不思議な縁ですし、ありがたいことです。


日本での私は、自分のヴァイオリンの音色が日本人の平均的な音色とは異なっているということで、オーケストラのメンバー等になるのをためらい、その代わり、レストランやパーティーでの演奏をしたり、ギタリストと路上演奏してチップを稼いだりしていました。
それが、ハンガリーに来たとたんに、「君の演奏はハンガリーでもジプシー音楽家として最高の部類に入る」と、国宝級の人物にお墨付きをいただいても、にわかには信じられませんでした。

衝撃的な自己の意識革命


そのうちに、帰国の日時が迫り、勉強したことを忘れないうちにバンドとの完成形を残しておこう、ということになり、それまで居候していたバルナバーシュ先生の家でバンドを呼んで録音をすることになりました。

そして録音の日、バンドも10名くらい揃い、いよいよリハーサルです。
最初の1音をバンドの伴奏で音を出したときに、突然、「私がずっと求めていた音色はこれだったんだ!!」ということを強烈に感じました。
バルナバーシュが集めてくれたバンドは、ハンガリーでも名の通った人ばかりでした。そして、そのバンドの出す音色に私のヴァイオリンの音は日本での状況とちがい、バンドの音色からはみ出すことなく、ちゃんとハンガリージプシーバンドのソリストの音色で、演奏が完成していたのです。

それは、とても大きなジグソーパズルの最後の一片がとうとうはまり、それまでバラバラのピースにしか見えなかったパズルが、ひとつの完成された絵に見える瞬間にとても似ていました。

私の生きることができる場所をとうとう見つけた!!
それはとても衝撃的な自己意識の革命で、その後の私の音楽の方向性をジプシー音楽家として確立する第一歩になったのです。


日本人だからできること

日本人でありながら、深くハンガリージプシー音楽に関わりを持つようになってからしばらくブダペストと東京をいったり来たりしていました。
数名の音楽家の家族とも仲良くなり、また、他のハンガリー人の音楽家とも色々話をするうちに、私はこんなにハンガリージプシー音楽が好きなのに、どうしてハンガリーに生まれなかったのだろう?という事を口にしたとき、二人の人物から、あるポイントを指摘されたのです。

(人物A)「何を言ってるの?本物のジプシーの家なんかに生まれたら、大人になったらヴァイオリンなんか演奏できないわよ。何故なら、ジプシーの女性は結婚したら自由なんか無いもの。貴女は日本人だからそうやってまだヴァイオリンを弾いていられるのよ。」(音楽家妻)

(人物B)「わたしはジプシーじゃないけど、ジプシー音楽が大好き。本当に彼らの音楽や演奏家を尊敬してるわ。だけど、わたしがジプシー音楽を演奏すると皆からとても避難されたし、嫌がらせを受けたわ。貴女は日本人だから、みんなに受け入れられて羨ましい。」(20代ヴァイオリニスト女性)

「日本人だから」ということは、日本にいたらわからない、ハンガリーに居ればこそ重要な意味があるのだ感じました。



両親が与えてくれたもの

私のふるさと宮古


私の生まれた町は、岩手県宮古市。その地域でも、特に海沿いの地域、鍬ヶ崎という街に生まれ育ちました。宮古市は、交通の発達した現代でも、東京から五時間以上かかる本当に田舎です。
皆さんのご存じの通り、東日本大震災で殆どの家屋が津波に流され、実際の建物だけではなく、地域の歴史や思い出や生活の全てが失われました。

津波で流された実家の跡地

仮設住宅

ヴァイオリンを始めたきっかけと父親


私は、タンゴという音楽が好きな父親の誘いで、5才の時に磯鶏のヴァイオリン教室に通うことになりました。父親はとても私のヴァイオリンのレッスンに力を注いでくれました。どんなに私の為に仕事のない自由時間を削ってヴァイオリンの練習時間にあててくれたか、私は現在ヴァイオリンを教える立場でもありますが、今から当時を振り返ると本当に頭が下がる思いです。
また発表会の度に、私や東京から来たゲスト演奏の先輩たちの演奏を将来参考になるからと、オープンリールで録音していたものです。
そのゲスト演奏してくれた方々は、今は素晴らしい演奏家となって世界中で活躍しているヴァイオリニストですが、そんな人達がわざわざ来てくれるようなヴァイオリン学習環境でした。
成長してからは、父親がレッスンについて来ることはなくなりましたが、その代わり、小学生の時は盛岡の、中学になってからは東京の先生宅へ一人でレッスンに通うという事が、大学へ入るまで続きました。
いなかの本当に小さな町から東京へ一年のうちに何度も往復するなど、どのくらいの費用がかかったか、とても大変な思いをして東京へ出してくれていたのです。

津波で失ったもの、残ったもの


ヴァイオリンは、小さい頃から始めるので、成長と共に楽器も買い換えなくてはなりません。せっかくだからと、弟や妹もヴァイオリンを習い、大小いくつかのヴァイオリンが家に残りました。
そして3.11大震災。津波が実家の全てを流してしまいましたが、成長と共に買い換えていったヴァイオリンたちだけは奇跡的にたすかりました。ケースの中まで海水が入って来なかったのです。
その他の発表会の写真やら、プログラム、オープンリールのテープ、テープレコーダー、ステレオシステム、ピアノ、私の成長してからの宮古での演奏会のポスター、ハンガリーからの土産物、どのくらいのお金や労力をかけたか、今考えても想像のつかないぐらいですが、ヴァイオリンと数冊の教則本を除いて、全てが失われました。

両親の与えてくれたもの


今両親は復興という目標がいつ果たされるのか全く目処のつかない状態で、仮設住宅で暮らしています。
両親は、雑貨屋を営んでいましたが、店舗兼住宅の敷地は更地になってしまい、向かいの倉庫の一階も、津波で破壊され全く素通しになってしまったところを、津波のあった年の夏に急遽リフォームして店舗を再開し、地域の為にまだ頑張っています。

本来なら、両親を東京に呼び寄せたり、私が地元に帰り両親のもとで復興を手伝うべきなのでしょう。
でも、津波で流されてしまった、ヴァイオリンを習いはじめてからひとつも捨てることのなかった毎年の発表会の録音テープやプログラム、写真、そして、東京へレッスンに通った電車代、桐朋学園という本来ならとてもお金持ちの学生しかいないイメージのある学校に入るまでの金銭的負担、また入学後そして、卒業後もしてしばらく続いた仕送りなど、私がヴァイオリンを続けることにどれ程の助けを与えてくれたかということを考えると、そして殆どの音楽の仕事が大都会に集まっているということを考えると、とてもヴァイオリンの演奏活動をやめて宮古に帰ることは考えられないのです。
両親も、帰ってこい、とは言わず、ただ自分たちの生活をしっかり続けています。

恩返しはこれから


宮古で何年かに一度開く自主コンサートに、自分の両親と成長を見守ってくれた地域の人々、そして、宮古市の芸術愛好家の方々が、いつも駆けつけてくれます。両親と親戚と古館由佳子ファンの皆さんのお陰で成り立っている演奏会です。
コンサートの後の両親はいろいろ小言も言いますが、やはり自分たちの育てたヴァイオリニストのことを少しでも誇らしげに思ってくれているようです。

現在の私が故郷と両親に恩返ししたいと思う気持ちは、震災の後段々強くなってきました。
ヴァイオリニスト古館由佳子を育ててくれた宮古市鍬ヶ崎の復興の心理的なサポートになれるよう、ヴァイオリニストとしてしっかり立場を確立すること、世界に知られるようになること、演奏を続けてそれを発展させていくことが、私の今の希望なのです。



クラウドファンドという援助を得ての挑戦


それからのわたしは「日本人として」どんな風にジプシー音楽に関わっていったら良いのか、考え始めたのです。
今回の「ハリウッドでのジプシー音楽の演奏でタレントオーディションに出場する」こと。
しかも、「クラウドファンド」の投資の力を借りて・・・
一見、何の脈絡もないと思われるでしょうか。わたしの中では、これは、ハンガリージプシー音楽の新たな飛躍を求めての日本人として自分なりの挑戦なのです。

今回出場するWCOPA(ワールド・チャンピオンシップ・オブ・パフォーミング・アーツ)とは?



(WCOPA 2014 Hollywood, USA 紹介ビデオ)


大会案内から引用します。日本から出場する私にも言及していただいています。


【オリンピック形式での競技会】


アメリカ・ロサンゼルスで開催されるオリンピック形式の舞台芸術の競技会。
種目には、歌手・モデル・俳優・ダンス・楽器演奏・ヴァラエティの六種目があり、それぞれ上位者には金・銀・銅のメダルが授与されるほか、奨学金の授与、また、競技会の審判には大手のタレント会社、レコード会社、映画製作会社等のプロデューサーが名を連ねるとと共に、単に出場者の順位を決めるだけではなく、各会社のスカウト、それに伴う契約やデビューのチャンスを提供している。

【アーティストの登竜門】


この競技会は17年の歴史があり、40ヵ国以上の国々から腕に覚えのあるパフォーマーが各国内のWCOPA公式ディレクターのオーディションを経て国の代表として出場する。
特にフィリピン等では、国家を上げてこのイベントを応援しており、出場者は大統領からの激励メッセージを受け協議後には表敬訪問したりしてフィリピン国内でWCOPAの知名度は非常に高い。
また、他の国々でも、金メダル獲得者がプラチナディスク賞を獲得したり、世界的有名映画に出演、国民的ドラマの主役に抜てきされたり、世界的モデル会社と契約するなど、各方面での新しい才能の発掘とデビューに、大きな役割を果たしている。

【日本は今年初参加】


今まで、公式ディレクターのいなかった日本は、今年初めて公式ディレクターのロイス城間氏のコーディネートにより初めて参加者を送り出すことが可能となり、大会主催者からも非常に注目を集めている。
今回、楽器演奏カテゴリーで日本代表として初参加となる古館由佳子は、大会関係者には非常に興味深く迎えられることになるだろう。




現代では、ある国特有の文化と思われていたものが、外国人によって更に飛躍的進歩を遂げています。
相撲や柔道等のスポーツ、音楽や絵画の芸術、フランス料理やイタリア料理等の食文化、どの文化的分野でも、新しい血をいれてくれる人物はその国にとっては外国人だ、ということはごく普通になってきました。

そして、私もその1人。その対象は今まで日本ではほとんどスポットをあてられていない、ジプシー音楽という分野なのです。
文化を継承するだけでなく、新しい血を入れるために、アメリカ、ロサンゼルスという世界的舞台芸術のトップの集まる場所で、ジプシー音楽の素晴らしさと新しい可能性を、プロモーターやタレントスカウト、そして世界中の同じ芸術の舞台で活躍しようとしている出場者たちにアピールする事は、私個人の為だけではなく実は世界的にもとても価値のある挑戦だと思っています。


今回の出場で必要なもの


今回のワールドチャンピオンシップ出場で必須準備項目は3点。
(1)音楽のブラッシュアップ
例えば新しいスタイルで編曲された音楽の演奏。そして、伴奏CD録音製作。
(2)衣装製作。
例えばはっきり新しいスタイルと簡単にわかるように、演奏する音楽に相応しい衣装の製作。
(3)世界で通用するステージマナーの習得、または、振り付け。
もちろん、世界中からの挑戦者が練りに練って舞台上の演目を完成させてくるのですから、私も、ハンガリーで現代では、最高の素晴らしいスタッフに音楽製作と、衣装製作等をお願いする予定です。

それら投資に滞在費、参加費、航空運賃等の交通費等も加えると、フリーランスの演奏家一人では賄いきれないほどの大変な額になってきます。

より大きな目的達成のために

今回のクラウドファンドで集まった資金は、私個人だけの成功を引き出すという事ではありません。
古館由佳子を通じて、ハンガリージプシー音楽の世界的認知度を高める事はもちろん、ハンガリーだけではなく、世界中の国々に生きているジプシーたちに貢献する第一歩になるかもしれないとても重要で意義のある可能性が込められています。
過去には、映画を製作することでジプシー音楽の世界的認知を広めることになった人物や、その映画出演がきっかけで、生活が楽になったジプシー音楽家やダンサーたちが実際にいるのです。しかしそれらに出演したジプシー音楽家はハンガリーの音楽家ではありませんでした。

私の最終目的は、ハンガリージプシー音楽の世界的認知と、新しい舞台芸術として最新のスタッフで世界中で興行を行えるようなハンガリースタイルのジプシーショウの製作です。例えば現在世界中で公演中のサーカスを基本にしたカナダのグループのように。
今回のオーディション出場はその大きな目的の第一歩なのです!

クラウドファンドの価値そして、リターンの価値

クラウドファンドへの皆様の出資は、単にお金という価値がある他に、ジプシー音楽家達への「愛情」として受けとりたいと思います。それは、自分の両親がわたしにかけてくれたお金の価値が、単に額面の価値以上だった事を忘れていないからです。

それなので、リターンには、私の故郷である宮古の特産品を組み入れています。ジプシー音楽家の為だけでなく、私の故郷にも援助することになります。
もちろん最大のリターンは、ロサンゼルス ハリウッドでの金メダル獲得の報告になります。

この挑戦は、「日本人である古館由佳子というジプシーヴァイオリニストにしか出来ない挑戦」です。
私の長年の思いを「クラウドファンド出資」という「愛情」で支えてください。
皆様の御支援を心からお願い申し上げます。