COUNTDOWNはチャレンジを厳選した国内唯一のグローバルクラウドファンディングです。

なすびの福島パワーアップ的エベレスト登頂計画

地域を活性化したい
地域を活性化したい

なすびの福島パワーアップ的エベレスト登頂計画

このチャレンジについて



<エベチャレとは?>




福島県出身のなすびが、福島に元気と勇気、夢と希望をと、世界最高峰のエベレストに挑戦します。

2011年の東日本大震災以来、福島への郷土愛を胸に、復興の応援を続けていた中で、
時と共に感じる温度差。特に福島の場合には原発事故の影響で、現在進行形な部分も有り、
複雑な事情を孕み、直接支援だけで無く間接応援も必要不可欠と捉えております。
福島にアイデンティティが有る私が未知の領域に挑み、敢えて困難に立ち向かう事で、
その後押しを世界中から募り全世界に情報を発信、福島への誤解の無い理解を得られる様にし、
福島に良いニュースを届け、私を通じ福島応援への大きなうねりを呼び覚ましたいのです。
更に今回の挑戦を契機にし、永続的な福島への応援活動を行う組織を立ち上げて参ります。



各界著名人からの応援メッセージが寄せられております。

「なすびはやる、必ずやる。なすび頑張れ!同じ福島県人として応援しています!」




俳優 西田敏行



ファンド終了迄残り20日余り。
目標金額達成に向け、高い目標故にまだまだ厳しい現状が続く中ですが、先日は西田敏行さんから激励メッセージを賜れ、そしてこの度、去年最年長エベレスト登頂者のギネス記録を更新なさった三浦雄一郎さんからもコメントを頂戴出来ました。
私自ら三浦さんの事務所にお邪魔しまして、直接御言葉を掛けて頂く事が叶いました。
三浦さんと色んな話をさせて頂いていた中、動画には収められてはいない中でしたが、「なすびさんの様な若い人が居てとても嬉しい。」という様な御言葉をも掛けて下さいました。

サポーターが増えて行く中、西田さん、三浦さんからも激励を受けて決意を新たに致しました。

達成せねばならない、掲げた目標は高く、険しい道程とはなっておりますが、諦める気は毛頭無く、腹も括れました。
誰から頼まれた訳でも無い、私が信じた道
を突き進んでいる道半ばで、それに呼応して現時点でも沢山の方々が、そして賛同して応援の声を上げて、支援の手を差し伸べて下さる方々が増えて来ていて、その輪が広がり繋がって来ている。

私の目標達成を期待し、自分の夢として一緒に叶え様として下さる方がいる。
もう私一人の目標でなく、沢山の方達と共に抱く希望となっている。
ならば私は皆さんと想いを共有して、一緒に手を繋いでゴールしたいと。
クラウドファンディングを立ち上げた意味と意義を噛み締めつつ、3月20日は、私の何時もの晴れやかな笑顔で、支えてくれた皆さんに有り難うと感謝の言葉を言います。



<福島応援活動のきっかけ>


福島に元気と勇気、夢と希望を。
生まれも育ちも福島県。
2011年の東日本大震災以降、故郷福島県に何か出来る事は無いか、福島県民の皆様の力になりたい、恩返しがしたい。

震災後に現地に赴き、目の当たりにした現状に無力感や虚無感も味わいましたが、それでも被災地で出会えた皆さんが、私に会えて嬉しい、来てくれて有り難うと涙を流してくださる方もいらっしゃいました。

ならば私は、福島県民の皆様に寄り添い、兎に角今出来る事は全部遣ると心に決めました。
福島県の応援団長として福島を応援し続けようと。

私一人で出来る事なんて高が知れている。
それでも、福島でのボランティア活動やイベント等のお手伝い、東京近郊での復興支援の物販応援等に勝手に駆け付け、呼ばれていないのにも押し掛けて、声を上げ続けて参りました。
私がお手伝いをした事で福島の方が笑顔になり、私に気付いて足を止めて下さった方が私と写真を撮って笑顔になり、それで私も笑顔になれる。皆が笑顔になれる幸せの連鎖。そんな笑顔の輪を拡げ繋げ、私の笑顔で福島に笑顔を取り戻したい。
地道で地味ながらも今、私に出来る事と真摯に直向きにそういった活動を中心にし応援活動を続けて来ました。

<多くの方々が知らない福島の現状>


しかし、時が経つに連れ、震災直後、日本は一つと言っていたのが嘘かとも思われる程、復旧や復興支援の熱は冷め、被災地との温度差を感じる様になって来てしまいました。
決して復興が進んでいるとは言えない現状が被災地には有り、福島の場合には、原発事故の影響で現在進行形な部分も有ります。
やはりそういった実情を、改めて全国・全世界の方々に知ってもらい、福島の復興を応援して頂く”うねり”を生み出す必要がある!と痛切に感じます。


<福島への応援の呼び水になりたい!>


と或る被災者の方に、こんな様な主旨の事を言われました。
「なすびは福島の星だよ。君には、私達には無い発言力や影響力が有る。だから、しっかり情報発信をしてくれなきゃ。応援してるから頼むね。」と。
そうだ、私は福島の皆さんが応援してくれる何かをしたい、それを掲げもう一度福島に注目を集められる何かをしたい、いや何かしなければならないとの熱意が込み上げて来ました。
点が線になり、閃きました。いや、思い付いてしまったという表現の方が、正しいのかも知れません。

エベレスト登頂を目指そう。世界最高峰の頂から、福島への応援の想いを声高に叫ぼう。
私自身が敢えて未経験の領域に挑み目的を達成させる事で、福島が立ち向かわなければならない未知の領域、放射能との闘いにも奇跡だって起こせるんだという事を証明させてみたいと。
困難を乗り越える姿を通じて沢山の方々を巻き込んで、再び福島への応援の呼び水にしたいと願いました。

<エベチャレ第一回挑戦での挫折、そして再チャレンジへ>


そして去年の春は、最初は本当に一人で情報発信を続けていた中でも、徐々に多くの協力者を得られ沢山の方々から協賛金の支援を受けられて、奇跡を起こせる切符を掴む事が叶いました。
私の想いに共感して下さった国際山岳ガイドの近藤謙司さんの御協力の下、登山未経験の私ですがトレーニングを重ね挑んだ去年のエベチャレでは、通常では空路移動をする所も私は現地ガイド達とトレッキングをし自分の荷物は自分で背負い、最終アタックに漕ぎ着け、8700m付近迄は辿り着けたものの、生きて帰る事を最優先に考えた上で、登頂果たせずで忸怩たる思いを抱えつつも下山し、人生でこんなに泣いた事が無い位に泣き、挫折感に苛まれ、失意の儘に帰国しました。




しかし、帰国した私を支援者の方々や福島県民の皆様は温かく迎えて下さり、労いの御言葉を掛けて下さりました。
福島の為に命懸けで挑戦してくれて有り難う。誇りに思うよ。
生きて帰って来たんだから失敗なんかじゃない。
今の福島だって、試行錯誤を繰り返しながら、でも諦めないで一寸ずつでも前に進もうとしているんだから、生きてさえいれば又、色んな挑戦だって出来ると。
結果だけが全てじゃなく、その経緯や過程が大事なんだと教えられも致しました。

その後、福島県内が中心ながらも、様々なメディアが私を取り上げてくれる様になり、私と福島県の応援をしたい、一緒に福島を盛り上げて行きたいとの声が上がって来る様になりました。
自称の応援団長だったのが、公に認められる福島県の応援団長となれたのです。
私の命懸けの未知なる領域への挑戦が、福島への応援となり、私をハブにして、福島が結集して、新しい動きを作り出せそうな機運を肌で体感する事が出来ましたが、まだまだ世間への広く浸透した、効果的に広報出来たとは言えないのも事実で、福島や東北への応援の声が遠退くのを食い止めたり出来たとは決して言えません。

そんな中で、頭を掠め出したエベレスト登頂再挑戦への想い。
一度決めた事は最後迄遣り遂げたいという切望。
エベチャレ後に、私に掛けられるエベチャレお疲れ様でしたの声。届いて欲しい所には、ちゃんと届けられていたんじゃないのか?
私はやはり今一度、エベチャレを通して世間に訴え掛けようと。
私を通じて福島県に興味関心を呼び覚ましたいと。

<そしてこれからも応援はつづく!>


エベチャレの完遂は、通過点で有って、ゴールとは捉えておりません。
自分に課したハードルを上げ、寧ろその真価を問われるのは、エベチャレ後の活動だと捉えてもおります。
私はエベチャレ完遂後も福島応援を旗印としたNPOを立ち上げて福島への応援をより一層加速させ、福島への応援は一生続けます。
NPOの主な活動内容としては、私自らが復興応援販売人として完売を謳って、福島県産品を中心にしつつ、東北の特産品の販売応援のボランティアを全国各地でしたり、福島県内の現状をつぶさに見守って欲しいので、私が復興応援観光案内人になり、少人数からでも福島や東北への行き当たりばったり感も楽しめる様な旅行を企画したりして参ります。
被災者の方と、応援したいけど何をして良いのか分からない方々とを繋ぐ架け橋となるべく、私が率先して、時間経過がもたらしてしまった溝を埋める、なすびならではの具体的な活動に拍車を掛けていく所存です。

しかし、福島の復興や再生の動きについては、30年や50年では解決出来ない事も有るでしょう。
100年や200年を費やす事も考えねばなりません。
だから、”個人”では無く自分の死後も応援活動を継続できる様に組織として活動していく事にしました。

私は、今回のエベチャレを契機にし、福島応援なすび基金を設けます。
目標は高くノーベル賞の様に後世に亘って、福島応援活動を行っている個人や団体への支援は元より、例えば、復興や再生の活動への支援だけで無く、震災を受けて始まる全く新しい事業や新基軸としての試みへも支援したり、福島県に育った子供達が、将来区別や差別を受ける事の無い社会作りの為の周知徹底を図ったり、除染だけで無く、放射能除去技術の模索や放射性廃棄物の処理方法にも目を向けていきたいと、伊達や酔狂では無く大真面目に考えております。
目下は、エベレスト登頂が叶い、需要さえ有れば、今後は登山やトレッキングを中心とした旅行等も企画し、参加者の方には福島への応援も募れる様な事や、もしエベチャレの経験を書籍化したりという事が有れば、その利益は基金の礎にして参ります。

<エベチャレの捉え方と捉えられ方>


エベチャレは、福島県への直接支援では無く、あくまでも間接応援にしかなりません。
それは百も承知で掲げた前回のエベチャレを経て、福島への応援になり、福島を応援したいと考えている方との架け橋になれる手応えを得られました。

私はエベチャレを思い立つ迄、登山未経験で山登りに全く興味関心も無く、もし震災が無ければエベレストどころか、富士山も登る事は無かったでしょう。
私一個人としてエベレスト登頂する事に意味や意義が有るのでは無く、父方はいわき(浜通り)、母方は会津と福島のハイブリットで、更には今の実家は福島市(中通り)と、県内全域に縁も縁りも有る私がそのアイデンティティを前面に押し出し、過去の経緯からも県内外の方々が応援してくれる可能性を秘めた私が、敢えて命懸けの困難に身を置く事に価値が有って、しかも前回の挑戦で、実際に遺体を横目に歩を進め、近くのテントで死人が出た話も耳にしていたりな上での、再挑戦の決意です。
そう考えられても止むを得無い部分は甘んじて受け入れたとしても、決して安易で安直な売名や便乗では無い事は御理解頂きたいです。



<出資して下さる皆様へ>


そして、今回はクラウドファンディングを利用する事で、世界中にFUKUSHIMAを発信していきたいと思います。
ファンドサポーターへのリターンには、震災後に私が福島県の方とコラボして作った茄子のキムチ漬けや、いわきで栽培されたオーガニックコットンで作るTシャツ、私と福島観光出来たりの権利も含めまして、『福島への応援』となるリターンをご用意致しました。

これだけは言わせて下さい。


復旧や復興、再生の応援は、流行やブームで終わらせてはいけない。被災地では今でも現実なのです。
復興の動きが遅々として進んでいない事は歯痒くて、気持ちは有るんだけど、何をして良いのか分からない。そんな声が私にも寄せられます。
確かに色んな支援の形が有って、難しい面も少なからず有ると私も感じています。なので、私はそんな時には、こうお答えしています。
私を応援して下さい。私がその応援の声を届けます。私が福島を盛り上げてみせますからと。
私は福島と共に歩み続けます。
福島を絶対に元気にしてみせます。
でも、それにはまだまだ沢山の方々の応援が必要な事も間違い有りません。
停滞してしまっている復興の流れをエベチャレで今一度、呼び起こしたい。

エベチャレを通して福島を応援して下さい!
私は人生を賭して福島を応援し、盛り上げていきます。

御支援の程、何卒、宜しくお願い申し上げます!


あったかふくしま観光交流大使
SMILE TOHOKU PROJECT 応援団員
ふくしまDCけんぽく応援団長

なすび



サポート資金の用途:エベレスト登頂費用(入山料、現地スタッフ人件費、高所登山用具費、現地滞在費用他)


※エベレスト登頂には多額の資金が必要となります。
例えば、入山料だけでも200~300万円ともなり、ドル立てなので昨今の円安の影響もモロに受けてもおります。

-----------------------------------
エベチャレ~なすびの福島パワーアップ的エベレスト登頂計画
http://evechalle.com/

なすびツイッター
なすび @hamatsutomoaki
https://twitter.com/hamatsutomoaki