COUNTDOWNは厳しい審査を通過したチャレンジのみを掲載する国内唯一のグローバルクラウドファンディングです。

独自のタトゥー“彩纏”を手掛ける、旅人たちの中継地「刺龍堂」を存続させたい!

アートを広めたい
アートを広めたい

独自のタトゥー“彩纏”を手掛ける、旅人たちの中継地「刺龍堂」を存続させたい!

コラボチャレンジは、目標金額の達成可否に関わらず決済が行われます。

このチャレンジについて

▼はじめにご挨拶

刺龍堂のRonと申します。
元々は考古学の仕事に従事しておりましたが、2004年、世界を旅した末に「タトゥー」を彫る道に進みました。

日本の伝統的な「刺青文化」、そして海外から入ってきた「タトゥー」の影響を受けつつも、そこから独自の道を目指す為、「刺龍堂」という自身のスタジオを作りました。
そのスタジオにて、独自のタトゥースタイルである“彩りを纏う”「彩纏サイテン」というもの提案させて頂き、修行中の日々です。

また、今現在も旅人であり、「独自の世界観を持つRonの作品を纏いたい」、そうおっしゃって下さる方々のお陰で、これまでに各国から3000人を越える方々からお越し頂いております

そのスタジオが、今、存続の危機にあります

次のオリンピックの際に来日する選手から、ご連絡を頂いております。また、国内でもなかなか遠方で来れない方が、先々になるけど予約を取りたいとのご連絡も頂いております。先々の日本の旅行計画がある海外の方々からのご予約も頂いております。
ですが、このままではそのようなお客様方をお迎えできなくなってしまう

そんなギリギリの状況の中で、クラウドファンディングで支援を募る事を決めました

少し長くなりますが、どうか僕の話を聞いて下さい。



▼考古学の道から、なぜ彫り師になったのか?


先ずは最初に簡単に自己紹介からさせて頂きますと、先にも書きましたとおり、僕は元々、考古学の仕事に従事しておりました。その事から、人類のルーツや歴史、そして文化などに興味を持っていました。そこから海外への興味も相まって、各国を長年旅してきました。
そのアジアへの旅の途中、インドネシアにて所謂、「タトゥー文化」に巡り合いました

インドネシアでは日本と同様に、古くからボルネオ島などでタトゥー文化が残っております。
タトゥーは紀元前、新石器時代から行われていた事が分かっています。
そんな人間にとって、最も深いところに施される装飾品であるタトゥー。

そこには一体、どんな意味があるのだろうか?
また、どれだけの思いが込められているのだろうか?
現代社会においてのタトゥーの意味とは?

そんな事に非常に興味を持ち、そこから現地、インドネシアで勉強させてもらう事になりました。
その傍で、「こんなデザインはどうだろうか?」と、今までの考古学や旅の体験を源泉にした色々なデザインを考え出し、描き溜めていました
しかし僕の今まで生きてきた世界と余りに違うので、当初、僕自身が本当に彫り師になれるのか?という疑問の方が大きく、実は余り実感もありませんでした。もちろん、なりたい気持ちはとても強かったのですが。
しかし当初から僕の思い描く作風がかなり独創的だった為、当時お世話になっていたスタジオで「自分でやってみたらどうだ?」と言われたのを切っ掛けに、この道に進む事になりました。

その後、日本に帰国し、刺龍堂を立ち上げました。
当初は「ラインワークの作品なんて、タトゥーじゃない」と多くの批判も受けましたが、それ以上に多くのクライアントの皆様に支えられて、ここまでやって来れました
また、そのような刺龍堂を支えて下さった方々の多くは、これまでそういった世界が身近で無い方や、無縁の方が大半で、「初めて入れる」という方が八割以上というのも、刺龍堂の大きな特徴だと思います(*これは現在も同様)。
僕にとってもまったく無縁でしたし、まったく先の見えてこない世界での挑戦でしたので、ウチに来て下さるお客様たちも同じく、この世界のパイオニアだったわけです。



▼これまでの経緯

ここまでお陰様で、普通に生活出来る程度にはなりましたが、ここで大きな大きな問題、最早「事故」と思えるような問題が発生しました。
今から四年前、刺龍堂は自由が丘にお店がありましたが、オリンピックに向け、更なる飛躍として今の場所、柿の木坂に移転をしました。
柿の木坂の物件オーナーとの出会いから、「長い間ここに居て下さい」と熱心な誘いを受け、この話しは実現しました。

しかしある日、その柿の木坂のオーナーと音信不通になりました
確かに今振り返ってみればですが、そこに至るまで、色々と不可解な出来事がありました。

そこに突然、新たに「ここは自分の持ちものだ」だと名乗る新たなオーナーが現れました
僕はその際、「ここのオーナーとは個人的に知り合いで、その方の所有物件のはずです」と言いましたが、「あいつはもう関係ない。ここはもう俺のものだ」と言われました。

契約は来年2020年の8月まであるのですが、今年の8月初旬には一通の手紙が届き、具体的な数字はここでは伏せますが、今年2019年9月以降の再契約として、法外な敷金の請求及び大幅な家賃・管理費アップを要求するという旨の書面内容でした。
元々、別に元々も安いわけでもありません。そもそも、そんな話であれば、大きなリスクを負ってまで移転などしてきません。

先日は夜8時過ぎ外で新オーナーに呼び止められ、「お前、文句あるらしいな!嫌なら出て行け!文句あるなら出て行け!」と、直接言われました。その後も日々の嫌がらせを受けています。

この物件は普通の住宅街の一角にあり、ウチ以外は皆、ご家族で住んでいらっしゃいます。毎日の大きな大きなストレスに晒され続け、小さなお子さんが居る家庭は、「家族に危険があったら困る」との事で出ていきました。別の方からも、「相手はまともな稼業の人間ではないし、あなたも気をつけて下さい」と言われました。
争っている方もいますが、既に大半の方は出ていかれました



そして、この建物も隣の建物も残る決断をしているのは、今やウチのみです。
僕も既に心身共に限界を越えていて、病院に通い、薬を飲みながら何とかギリギリで日々を生き抜いている状態です

しかし僕も、このまま何も手を打たずにいたわけではありません。

最後の最後の手段として考えていた、自宅マンションを売り、新たにスタジオを購入するという手段に出ました
仕事場がダメでも「落ち着ける唯一の場所」としてあった家を売るというのは、本当に大きな覚悟がいりました。でも、働く場所が無くなれば、そもそも家の意味も無くなってしまう。
しかし、そこで買った物件に様々な問題が発生し、スタジオを出すどことか、住む事すら出来なくなったのです
多くの方にとって家を買うというのは人生で一度あるかどうかの話しだと思います。その一生に一度の挑戦が失敗に終わったのです

住む家の無くなった僕は、小さな仮眠スペースでなんとか凌ぐ日々です。
一週間に一度の休日どころか、この半年間はプレッシャーに日々耐え続け、対応し続け、プライベートの時間などいつ以来か?ずっとありません。
そんな状況で、日々、危険が迫るのを実感する。
僕にとってこれは本当に大きな大きなショックでした。

そんな僕の状況などはお構いなし。こちらが「弁護士を通して下さい」と言っているのにも関わらず、相手はそれを乗り越え、直接こちらに来ます
「俺が弁護士を雇っているわけじゃないから関係ない」と言う事だそうです。

そんな環境ですので最早、生きた心地もしない状況でしたが、それでも希望を捨てず頑張りました。
そして、最後の最後の力を振り絞り、なかなかアクロバティックな方法で別の物件が奇跡的に決まったのです。
この時点で僕の体力も財力も全て、底を尽きました
もうこれで何かあったら全てが終わる。

ですがその新たな物件でも起こったのです。更なる問題が
なんと内装以前の話、水回りをやり直さなくてはならない事が分かったのです。
そこで大幅な資金が掛かる事になり、この時点でここに直ぐに移る事が出来ないという事が確定しました。

人生に一度きりのような行事において、2度も続けてその先に進めないという事が起こるなど、あり得るのだろうか?だからこそ事前に、何度も何度も石橋を叩いて、念には念を入れて渡ったはずなのに
ここで僕が自分で出来る事はやり尽くしたし、それまであった色々な余裕が根こそぎ無くなり、心は完全に折られ、諦めました。

生きる事とはかくも難しいものなのか?普通に生活する事すらままならないのか?と思い、絶望の中でギリギリの状態でした

そんな暗闇の中で提案があったのが、このクラウドファンディングです。
正直な話し、このやり方は僕の信念には反します。
自分のやりたい事なら、自分の力で夢を叶えたいのです。

でもそれがもう、僕の力ではどうにもならないという現実を受け入れるしかなく、今回の話に至りました。

刺龍堂は海外からのお客様が7ー8割、日本のお客様2−3割です。日本と言っても北海道から九州、沖縄まで様々です
ウチの作風は独特ですが、嬉しい事にそれを気に入って頂き、来ていただきます。
そんな方々に心配をお掛けして、快く、そして気持ち良くお迎えする事が出来ないのかと思うと、僕自身も非常に悔しい気持ちでいっぱいです

警察にも相談しました。役所にも国にも相談しました。弁護士にもです。

でも結果的に、僕が未来に繋げられる道というのは、これしかない事が分かりました。

さて、ここまで非常に重くマイナスの話しばかりですので、ここからは、これを実現させたい為の希望と夢を書いていきます。


▼それでも彫り師を続ける理由




先にも書きましたが、僕は彫師(彩纏絵師)でもあり旅人です。学生時代から、そしてスタジオがこのギリギリの状態になるまでは、毎年アジアの名も無い島や、珍しい生活をする部族に会いに行ったり、珍しい動植物などを求めジャングルに行ったりしてきました。

僕の作品は、旅がテーマです。

旅でインプットして、戻ってきてそれをアウトプットする。
作品と旅は、元々、呼吸のように一つのものなのです。

かつて僕は旅の中で、戦争に巻き込まれた事があります。
その時、多くの友人達を目の前で失いました。
その時に、「ここで生き残ったやつは、周りの分まで精一杯、自分の夢を叶える」という約束をしました。
僕にとっては、その夢がこの刺龍堂そのものです。
若くして亡くなった仲間達の為にも、僕は自分の夢を叶え続けていかなければなりません。

ここ数年、日本のタトゥーを取り巻く現状は、決して生易しいものではありません。
ただ、求めてくれる人がいる限り、僕は歩み続け、前に進み続ける理由があると信じています
今、僕を必要としてくれる人たちのためにも、亡くなった仲間達の為にも、僕はこんなところで立ち止まる訳にはいかないのです。

今回の事で、本当にたくさんの人が助けてくれました(今も)。
僕はいつか刺龍堂を、そんな仲間たち、そして世界の旅人たちが集まれる場所に成長させたい。

そんな思いがあります。

今のスタジオも人が集まれるような、フリースペースがあります。
またこれまで色々な国々を旅して「どんな宗教でも民族でも、一つになる事は出来る」と感じたからこそ、これまで集めてきたものを一つの空間の中にまとめています。アフリカ、ヨーロッパ、中東、アジア、アメリカ大陸、オセアニア…。
「やり方次第で、この世界は決してバラバラではなく、一つになる事が出来る」という事をこのスタジオで伝えたかったのです。

スタジオに来た各国からの方々に、東京のおススメを伝えたりします。逆にその国の事を聞いたりします。
たまたま居合わせた人達同士が仲良くなって、一緒に帰っていく事もあります。
遥か遠く離れたこの地で、まさかのごくごく近所の人と出会ったり、別々の国同士で仲良くなったり。
僕自身もこの刺龍堂で出会った人達に、それぞれの国でお世話になる事もあります。
国や人種関係なく、ここで繋がり、世界が広がれば、僕は作品を彫る事と共に、多くの可能性が秘められていると思うのです。

この先も、それがもっと当たり前にできたら、より良い空間になるんじゃないかと思うのです。

でも、そんな未来の為には先ず、刺龍堂というスタジオを存続させなくてはなりません。
どうかその為にも、皆様の力をお貸し頂きたいのです。



▼必要な資金と、使い道

先にも書きました通り、僕には今、現在の柿の木坂のスタジオで仮眠し働いております。
更にここを退去する場合、こちらが引っ越し代等を持ってもらうどころか、逆に退去のお金を要求してくる様子。ですので、先ずは、

・今後、柿の木坂スタジオを守る為の費用
・柿の木坂の維持費
・長期的に見て必要な、新店舗のオープン費用と維持費。


全ての事がこれからですし、また今後、相手がどんな手段に出てくるのかも分かりません。なので、具体的な費用の算出をするにも、正直、難しいという現状ではあります。
ですが、更に僕の今までのスタジオ運営の経験から、必要最低限の費用を決めました。

新店舗についてですが、前述のように刺龍堂のクライアントの7割は外国からのお客様です。
は更にオリンピックを見据えてオリンピックに向けて、この場に移転してきました。
なので、やはり立地としては都内のある程度アクセスし易い場所である事。
でも、僕は東京の華やかな場所だけがその良さだとは思っていないので、商店街が近くにあったり人と人との距離が近い、ローカルな東京が魅せられる場所が良いなと思っています。
特に大きくなくても良いし、高級物件、高級住宅街である必要もありません。
「東京にも、こんなローカルな場所があるんだよ」というところで出来ればと思っています。海外から来る人達に、より東京らしい東京の顔を見て頂き、日本のお客様にとっても、穏やかな気持ちで居られるような立地であれば。
そうした条件で仮定して金額を算出しています。

これまでの空間は僕は考え、僕がデザインし、テーマから素材集めまで、全て手掛けてきた空間です。

でも次のスタジオはお金でなくでも、例えば、スタジオ工事手伝うよとか言ってもらえたら、是非、一緒に手伝ってもらいたいし、みんなで作り上げるスタジオを目指したいと思っています
そんな、みんなで作り上げたスタジオで、世界各国から来るお客様を迎える事が出来たのなら、また少しでも余裕のある空間が見つけられたら、そんな世界の人達が集まる場所でみんながコミュニケーションを取れるような場所が作れたら最高なんじゃないかと僕は思っています
例えば近所の子供達が海外から来る人達とコミュニケーションを取って、言葉や違う事の面白さを認識したり、海外から来た旅行者が東京で困った時に力になったり、情報を提供出来たり、これからワーホリで海外に行こうとか旅しようと思っている場所の情報をお互いに交換したり。

 今回の事で多くの方々にご心配頂き、力になるというお言葉を頂きました。本当にその言葉の一つ一つがとてもありがたいですし、力に支えになりました。

 なので、僕は次の場所では僕の為のスタジオにしたいのではなく、色々な人達を繋げる場所であり、そんな人達がお互いにとって協力したり、相談したり、情報交換したり、コミュニケーションを取れる、そんな人と人を繋ぐ空間作りが実現出来たらと思ったのです。

ここまで追い詰められたからこそ、僕が見えた唯一の希望がそれだったのです。

クラウドファンディングだからこそ、思い描けるその夢への道筋。

何度も言いますが僕自身で実現出来ないのが非常に心苦しいのですが、是非、ご協力頂ければ嬉しいです。

僕と一緒に、人と人を結ぶ空間作り手伝ってくれませんか?
宜しくお願い致します!